自分で自分をプロデュースする
「自分で決めた約束事を守ることができない。」
「ギャンブルをやらないと言いながら、何度もスリップしてしまう。」
依存性になった人間なら、痛いくらいその気持ちがわかります。
どうして自分の立てた誓いを破ってしまうのでしょうか?
それは自分自身が立てた誓いでは、強制力がないからだと思いました。
「自分自身に対する甘え」もあると思います。
そこであることを思いつきました。
それはどういう事かというと、(ここからは妄想の話です。)
あなたに、一人の人間のギャンブル依存性を治して欲しいという依頼がありました。
「何故私に依頼するのか?」と訊ねると、ギャンブル依存性の人の気持ちは同じ境遇の人が一番よく知ってるからという理由でした。
もし、その人間のギャンブル依存性を治したら、成功報酬が貰えます。1日ギャンブルをしなかったら○千円、1ヶ月ギャンブルをしなかったら、プラスボーナスももらえます。
しかし、その対象者がギャンブルをしてしまうと1円ももらえません。
この依頼をあなたは受けますか?
もちろん受けるでしょう。
自分では中々止めれなくても、「こうしたらギャンブルを止めれるのではないか?」という考えやプランは依存性の方なら持っていると思います。
それをその対象者に実践して貰えばいいだけの話です。
ただ、スリップを引き起こす事象やタイミングをケアしてあげて、スリップしないようにしなければなりません。
あなたはどんなプランを立てますか?そして、どうやってスリップを引き起こさないようにしますか?
そのプランを依頼者に提出しないといけないので、紙に書くか、パソコンで作成して下さい。
あとは対象者とやり取りをしながら、ギャンブルを辞めてもらうだけです。
そんなあなたのところに、メッセージが届きました。
「ギャンブル依存性治しませんか?」
というタイトルです。
内容を読んでみると、あるプランを実践すると、ギャンブル依存性が治まるというのです。
費用はかかりません。
しかも、ギャンブルをしなかったらお金ももらえるそうです。しかし、ギャンブルしてしまうともらえません。
あなたはこのプランを実践してみますか?
ギャンブル依存性で悩んでいる方なら受けると思います。
何度もスリップしてしまい、自分の力ではどうしようもないと感じています。
しかし、このプランを実践するだけで、ギャンブルを止められるといいます。しかもお金も貰える訳ですから、とりあえずやってみることでしょう。
このお話、もうお気付きかと思いますが、これは自分で自分をプロデュースするという話です。
自分が誰かのために作ったプランを自分で実践するというだけの話です。
一日に貰える報酬とは、ギャンブルで負けるはずだったお金のことです。
「結局、自分でギャンブル止めるだけの話やんけ、しょうもな」と思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし、これが他人のためにプランをたてるのと、自分のためにプランを立てるのとでは、内容が変わってくると思います。
もし、誰かがギャンブルをしないようにするには、
「ここまで厳しくしたらスリップしてしまうんじゃないか」
または、
「あんまり甘やかしたら気が緩むし厳しくしないと」
と相手の事を考えてプランを立てるでしょう。
それは、客観的に自分自身を見ている事になるのではないでしょうか?
自分に向き合うという事は、意外に難しいものです。
しかし、誰かの為と考えてプランを立てると、これまでの自分の経験、失敗を振り返り、反省点を踏まえて計画作りをするので、知らず知らずのうちに、自分と向き合えるのではないかと思った訳です。
この説を実践することで、自分自身の依存性にストップがかかるのかわかりません。
ただ、誰かの為と考えてプランを立てると、責任感も出てきますし、誰かが自分の為に考えてくれたプランと考えたら、抑止力になるとダブルの効果があると考えた訳です。
実際に、友人同士でお互いのプランを実践するとどうなるか?も気になりますが、私はそんな友人はいないので、一人でこの説を実践してみようと思います。
ただ、1人で2役を担うというところがこの作戦のキモのような気もします。
とりあえず、これから自分で自分をプロデュースしていきたいと思います。
自分好みの自分になる為にプロデューサー兼、プレイヤーとして頑張ってみたいと思います。
1カ月経って
断ギャンブルを始めて一カ月が経とうとしている。
まだ一カ月かという気持ちと、もう一カ月経ったのかという気持ちとが入り混じった思いである。
一カ月経って一番感じる事は、ギャンブルに対する欲求がかなり減少した事だ。
欲求が減少した要因の1つはギャンブルをしていた習慣を忘れてきている事にあると思う。
断ギャンブルを始めた当初は、ギャンブルをよくしていた時間帯になるとギャンブルを思い出し、ギャンブルをしたい衝動に駆られていた。
以前ブログにも書いたが、毎日朝起きてすぐ競輪の予想をしていたし、夜はミッドナイト競輪をしていた。週末は朝から夕方まで中央競馬をして、その後は競輪をしていた。
断ギャンブルを始めてからは、このギャンブルをしていた時間に別の習慣を当てはめるようにした。
まず始めたのが朝起きてすぐブログを書くようにする事だった。
自分にギャンブルをしてはいけないと言い聞かす為、そして断ギャンブルのモチベーションを維持する為にブログを書いた。
今思えば、1日の始まりにギャンブルをしないと意識付ける事がよかったのかもしれない。
そして夜は帰宅途中に、マクドや喫茶店などに寄ってSNSを見たり、他の方のブログを読んだり、ギャンブル依存性の事を調べたり、今興味がある事を調べたりする時間を作った。
家にいるのではなく、外で考え事をするという環境を作ったことはよかったと思う。家にいるとついダラダラしてしまい、ギャンブルをしたい気持ちになるような隙を作ってしまう。
外で調べ事や考え事を始めてみると意外と集中できるし、仕事終わりは今まで家でギャンブルしているかパチンコ屋に行くかだったので、コーヒーを飲みながら考え事をする事がとても新鮮に感じた。
そして私は一冊のノートを購入し、気になる事や勉強になる事、気付いた事などを書き留めるようにした。
私はノートに何かを書くという行為が昔から好きであった。
学生時代は教科書の内容などをノートにまとめて書いて、それだけで勉強した気になって成績が悪いというタイプであった。
今回、ノートにいろいろな事を書いてページを埋めていく作業は、私の場合ギャンブルの代わりになる習慣となった。
平日の習慣の次は休日の習慣を変えなければならない。
休日、家族がいるので家族と出かけたり、家の掃除をしたりするようにした。
それでも競馬が気になったら昼寝をする。
寝る事はギャンブルを回避する為の最高の手段だと思う。
そうしてギャンブルのない生活パターンを構築していった。
そして一カ月経った今は、ギャンブルの事はあまり考えないようになった。
頭の片隅にいるのだが、前みたいに頭の真ん中で陣取ってギャンブル以外は考えられないという事はもうない。
禁煙の時もそうだったが、一カ月経つと禁断症状というか衝動に駆られる事は随分少なくなってくる。
しかし、ここで自分は自制が出来る人間だと勘違いしてスリップしてしまうと、また一からスタートで、またあの辛いギャンブルしたいという衝動と戦わなければならない。
やっとこの状態まで来たのだし、このままギャンブルから卒業したい。
ここを乗り越えると、次は3カ月経った頃がスリップする可能性が高いと思う。
禁煙の時も何回か3カ月の壁にぶち当たった。
3カ月経過した頃は特に注意したいと思う。
そしてこのブログをこれまでほぼ毎日更新してきたが、ちょっと投稿を減らそうと思う。
毎日ブログを書く事で、ギャンブルを否定し、ギャンブルをしたい衝動を抑えるのが当初の目的だった。
今ではギャンブルの興味も減少しているし、当初の目的はほぼ達成できたのではないかと思う。
「勝手にしたらええやん」と思われるかもしれないが、途中で断ギャンブルを挫折したとか、スリップして逃げだしたとか思われたくないしこれからもそうなるつもりはない。
またこれからも気付いた事あれば書いていくので、気が向けばこれからも読んでやって下さい!
そしてギャンブル依存症から絶対に抜け出してみせる!
意識を分散させる
私がギャンブルに明け暮れていた時にしていたギャンブルといえば、競馬、競輪、オートレース、パチンコ、パチスロである。
元々はパチンコ、パチスロ、競馬の3つを主にしていたのだが、オッズパークの会員になってからは競馬、競輪、オートレースへの比重が大きくなっていった。
理由としては簡単で、例えば1万円の軍資金を多く増やせそうとした場合、その可能性が高いのがパチンコ、スロットより競馬、競輪と思っていたからだ。
パチンコ、スロットは年々規制が厳しくなり、多く稼ぐ事が難しくなってきている。
また、私の街では朝から何十人と並んでいるパチンコ屋は見かけない。
高設定の台を入れていない証拠だろう。
それに比べ競馬、競輪は万馬券、万車券は珍しくない。何十万も勝つ可能性はパチンコより高いと思う。
そういった考えでパチンコパチスロから競輪、競馬にシフトしていった。
そうすると、パチンコやパチスロに関しては理性が働くようになり、本当に遊びと割り切るようになり、自分の決めた金額、またはそれ以下で切り上げる事もあった。
かといって、パチンコやパチスロを止める事は出来なかった。
仕事終わりに立ち寄る事も回数は減ったがなくなる事はなかった。
その分競馬、競輪は相変わらずハマっていた。
今回、断ギャンブルをして思ったのが、いろんなギャンブルをしていた事が逆によかったのではないかという事である。
やっていたギャンブルが多い分、意識が分散されていたのではないだろうか?
もし、パチンコやパチスロ、競馬、競輪どれか1つだけしかしていなかった場合、1つに意識が集中し過ぎて断ギャンブルする事がより辛いものになっていたのではないだろうか?
私はあれもこれも手を出していたので、どのギャンブルも中途半端な入れ込み様だった。
競輪を始めてからはこれまで力を入れていた競馬の予想も前に比べて適当になっていたし、かといって競輪を研究して調べあげるという事もしなかった。
何においても中途半端だった。
中途半端だった分、興味が分散していて、断ギャンブルをしやすかったように思える。
断ギャンブル中もギャンブルの代わりになる事は1つだけではなく、いくつも用意して置いた方がいいと思う。
興味がある事をいくつも持つ事によってギャンブルの事を思い出す機会を減らす事が出来る。
ギャンブルを意識する機会を減らし、他の興味のある事をにどんどんチャレンジしていく。
そして頭からギャンブルの存在を消していく。
世の中にはギャンブルより楽しいことは幾らでもある。
その為に何事にもチャレンジしていく。
ブログを始めてよかったこと
最近は気持ちも落ち着いてきてギャンブルの事が頭から離れている時間が長くなってきている。
しかし断ギャンブルを始めてからまだ1カ月も経っていないし、今まで20年以上も付き合ってきたギャンブルを、ほんの1カ月かそこらで離れることができるとは思ってはいない。
しかし、これまで断ギャンブルに挑んできた時とは違う手応えはある。
この調子でいきたい。
今回の挑戦で何がよかったのか、これまでとどう違うのかを考えてみた。
まず思いつくのは、やはりブログの存在だと思う。
自分の気持ちを文字に起こすのと、頭で思っているだけとでは大きく違う。
一般公開するので、書いた内容を何度も読み返す。
読み返す事によって考えを整理する事ができるし、自分の本音の考えなのか、よそいきの考えなのかを確認もできたと思う。
そして、私はほぼ毎日ブログを更新してきた。先日、1日だけ抜けてしまったが、その日以外は毎日更新している。
そうする事によって自分自身に「ギャンブルをしてはいけない」という事を毎日言い聞かせて、頭に定着させる事が出来た。
毎日書くという事が大事だと思う。
私はブログを始めるまで、ブログを読むという事はほとんどした事がなかった。
しかし、今回ブログを始めてからは他の方のブログを読むようになった。
同じギャンブル依存性と戦っておられる方や、今の自分の取り組みのヒントになるような事を発信されている方など、様々な考えや意見を目にする事ができた。
そうして、いろいろな方のブログを読む事で新たな発見がたくさんあったし、とても勉強になった。
こうした情報を自分の断ギャンブルの中に取り入れられた事も大きいと思う。
やはりギャンブル依存性は1人で治そうと思っても難しい。
いろんな方の意見を取り入れなければいけない。
そうする事によって自分に適したやり方を見つける事が出来るし、ギャンブルを止めるという意志を強く持つ事が出来る。
これまでは身近な人にアドバイスしてもらったり、問題を指摘されたりすると、頑固な性格が邪魔をして話を素直に聞く事が出来なかった。
しかし、同じ境遇の方の意見や、知識のある方の考えを見ると、すんなり受け入れる事が出来た。
やはり自分とは違う意見や考えを受け入れる事はとても大事な事だと思う。
その為には自分自身を客観的に見なければならない。
ブログで自分の思いを書く事によって、客観的に自分自身を見つめる事が出来たように思える。
それが今回の手ごたえの要因の1つではないだろうか。
本当にブログを書いてよかったし、様々なブログを書いておられる方と出会えてよかったと思う。
感謝、感謝の今日この頃である。
一歩一歩
断ギャンブルを始めて3週間経過した。
先週、G1レースの出走馬を見てギャンブルしたい衝動が起きたのだが、週末実際にそのG1レースが行われても買いたいとは思わなかった。
徐々にではあるがギャンブルから関心が離れていっている。
しかし先日、スリップしてしまう夢を見た。まだギャンブルに対する欲求が残っている証拠だ。
逆に、自助グループのミーティングに参加している夢も見た。ミーティングに参加してギャンブルを止めないといけないと思っている夢だ。
ミーティングの夢をみるのは初めてだ。
断ギャンブルの意識が染みついてきた証拠だと思い込んでおく。
これまで所持金は小銭か、電子マネーしか持ってなかったが、最近1000円札を持ち歩くようになった。
ギャンブルをしていた頃は100円でもあればすぐに銀行に入金してギャンブルをしていた。
だが今は、お札を持っていてもギャンブルしたいという気は今のところ起こらない。
これからは所持金を5000円札、1万札と増やしていき、財布に何万か入っていたとしても自制できるようにして、普通の生活に戻れるようにしたい。
急に依存性は治るものではない。
もしかすると一生付き合っていかなければならないかもしれない。
焦らずに一歩ずつ進んでいきたいと思う。
井の中の蛙大海を知らず
ギャンブルをしていた頃はギャンブルしか頭になかった。
家にいる時はギャンブルをしているか、ギャンブル関係の動画を見たりしてる事が多かった。
ギャンブルしか興味がなかったし、ギャンブル以外のものには目を向けなかった。
「ギャンブルを止めたらやる事がなくなる」
「休日をどう過ごしたらいいかわからない。」
という思いがあり、それを言い訳にしてギャンブルを続けてきた。
断ギャンブルをしている私は、まずSNSで少しでも興味がわいた投稿をされている方をフォローするようにした。
そして、その方がリツイートされている方、いいねを押している方、フォローされている方、そういった方々を次々とフォローしていくようにした。
するとどんどん世界が広がっていく。
どれだけ自分がギャンブルという小さい世界にずっと浸っていたかという事を痛感する。
そして、今までギャンブルしかしていなかった自分を悔やむ。
ギャンブルしか興味がなかった訳ではなかったのだ。
ギャンブル以外を知ろうとしなかったのだ。
「井の中の蛙大海を知らず」
世界が広がった事によって今は挑戦したい事がたくさん出てきた。
「自分の興味がある事はギャンブルだけではない。自分の視野が狭いだけだ。世の中を知らないだけだ。」
過去の自分、そしてまだ潜在しているギャンブル依存性の自分にそう言いたい。
お金は自分で稼ぐもの
ギャンブルで勝った要因は何だと考えますか?
スロットの設定を看破した自分。
馬券、車券を的中させた自分の予想。
回転率のいい台を選んだ自分の目利き。
すべて自分の力で勝ちとったと考えていないだろうか?
それはすべて自分の力ではない。
競馬でいうと勝った馬を調教した厩舎のスタッフの努力、騎手の努力。
競輪は選手の努力
他人の努力に乗っかっているだけである。
パチンコ、パチスロに関しては機械任せである。
結局ギャンブルは他人の努力に乗っかるか、機械に運を任せているかである。
決して自分の力ではない。
自分の稼いだお金や、人から借りたお金を、赤の他人や動物、機械に預けているのである。
他人任せでお金儲けは出来ない。
自分で努力しなければ出来ない。
予想や研究は自分の努力とはいわない。
私はギャンブルで借金を作った。
借金返済するには長い年月がかかる。
動物や機械や他人に委ね続けた結果がこれである。
自分の人生を動物や機械に任せてた事と同じである。
自分の人生は自分で決めなければいけない。
当たり前の事だが、その当たり前の事が出来なかった。
これからは自分の努力で自分の人生を切り開いていこうと思う。