行きつけのパチンコ屋
ギャンブル依存真っ只中の頃、ギャンブルの優先順位はこうだった。
この順位は勝った時の報酬が多かった、または勝った時に報酬が大きいであろうと私が考えていた順番と比例している。
当時の私は、競輪や競馬は100円が数万〜数十万円になる可能性があるし、賭けるお金を増やせば100万円以上勝つ事も不可能ではないと考えていた。
しかし、パチンコやパチスロは大きく勝つのが年々難しくなっていると考えていたし、実際そうであると思う。
度重なる規制により出玉の数が減少してきているからだ。
その為、客足が遠のき閉店するパチンコ屋も増えてきている。
パチンコ、パチスロ全盛期の頃は一日に何十万円も勝つ事は不思議ではなかった。
街中、至る所にパチンコ屋が立ち並び、朝からパチンコ屋の前は長蛇の列だった。
イベントの前日なんかは、スロットの高設定の台を取る為に、前日閉店前から並んでいる人もいた位だ。
またモーニング台と呼ばれる、もうすでに大当たりしている状態の台が何台か置いてあったりもした。
その台目当てによく朝から並んだものだ。
今ではもう禁止されており、モーニング台はない。
その頃から比べると今のパチンコ、パチスロはとても勝ちにくくなっていると思う。
かといって、パチンコ、スロットを止める訳ではなかった。
そんな時、近所の行きつけのパチンコ屋が閉店する事となった。
もう20年以上通っていたパチンコ屋だ。
特によく出る店でもなかった。しかし、近所という事もあり、パチンコするならこの店で打つ事が多かった。
ほとんど負けた記憶しかないのだが、いざなくなると思うといろんな思い出が蘇ってくる。
そして、そのお店は閉店を迎えた。
その時に不思議な事が起こった。
パチンコ、スロットに対する欲求が薄れたのだ。
他のお店に行ってパチンコを打ったりしたのだが、どこか気分が乗らない。
置いている台のラインナップは閉店した店と変わらないし、むしろ多いくらいだ。
しかし、どこか楽しめないでいる。
これはパチンコに依存していたのではなく、あの閉店したパチンコ屋に依存していたのか?と思うようになった。
パチンコを打つという行為より先に、そのお店に入る事ですでにドーパミンが出ていたのだと思う。
そして、パチンコ、パチスロをしたいという欲求を増幅させていたのではないだろうか?
しかし、知らない店に入ってもその店での成功体験はない分ドーパミンの出る量が少ない。
そんな状態でパチンコを打ちはじめたので気分が乗らなかったのかもしれない。
最近では、競輪や地方競馬など配当の大きいギャンブルが手軽に出来るようになったのでパチンコを打っても前ほど興奮できないようになっていた。
その足りない部分を、行きつけのお店に行くという事で補っていたのではないだろうか?
ともかく原因は不明だが、パチンコに対する欲求が無くなったのはこの閉店が大きかったと思う。
私は今後スリップしないヒントがここにあるような気がした。
この事を参考にして、いつも週末に競馬新聞を買いに行っていたコンビニや、ギャンブルで勝った時によく食べに行っていた飲食店、勝ったお金でよく買っていた商品など、ギャンブルと紐付けできる物事は出来るだけ避けるようにしている。
脳が勝手にギャンブルを思い出し、ギャンブルしたい欲求を増幅させない為だ。
ギャンブルに対する欲求は少なくなってはきているがゼロではない。
どこにギャンブル再発のトリガーがあるかわからない。
その為には今までの普段の行動をも変える必要があると思う。
そこまでしないとギャンブル依存は克服出来ない。
念には念を入れて日々を過ごしたいと思う。
オラに元気を分けてくれ!
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